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追いコンが終わり、大学生活で残るイベントはもはや卒業式だけということになってしまったと言う訳で。今朝方みんなと別れたときも非常にサラッとした別れであり実感は余りなく、あの中の何人かはひょっとしたら今生の別れになっていたのかもしれない。これが「卒業」か。「最後の○○」ってイベントは四年目にいくつも経験してきたけど、今回のとはまるで別モンだったんだな。

追い出し状を読んでくれたのは壮平だった。予想外な反面、嬉しかった。何だかいつの間にか「上司と部下」がそのまま当てはまってしまうようなチーフとサブチの関係っぽくなってしまって、それが自分の中ではどこで間違っちったんだろなって感じ、いわゆる反省点というやつだったんで、最後に気を利かせてくれたのか、とにかく嬉しかった。同時にコメントでもっとその辺に触れるべきだったなぁと後悔。やっぱり事前に考えておくってのは大事。

自分が一年のときの部員は、もう一人も残っていない。あの時はまだ一年生だった後輩たちが、四年生に、そして三年生になった。四年間、過ごしてみればあっと言う間で、遂にこんな時が来てしまったんだなって思いつつも、高校の部活を引退するときよりもしみじみ度が高まっている自分を見つけて、齢を取ったのか、それともそれだけ思い入れが強かったのかなって思う次第なのです。

結局のところ、大学時代の思い出を思い出せば8割方はケスのことになってしまいそうなわけで、とにかく四年間本当にお世話になりました、ありがとうございますってことが言いたいんだ。ケス自体にも、今まで関わった全部の人達にも。




そしてこんなことまで書いてしまったんだが、今日も追いコンです。
3月6日、フィレンツェ(イタリア)


朝からオプションのバスツアーでピサの斜塔へ。この日は旅行初の二班に分かれての別行動。ピサ→フィレンツェ観光組と、ウフィッツィ博物館→フィレンツェ観光組となった。ちなみにママのパニーニの恨みかどうかは知らないが、朝食のバイキングはラスクとジャムとコーンフレークだけ。ハンガリーやプラハのホテルの豪華な朝食が懐かしい。あーあ、ハムもチーズもあんなにあったのに。


ピサ、何でも「イタリア三大ガッカリ」と呼ばれてるとか。やれるもんならガッカリさせてみろよ、とバスに乗り込んだうちらを迎えてくれたのは、フィレンツェ名物朝渋滞だった。ただでさえ遠いピサだ。渋滞に巻き込まれたらいつ着くことになるか分からないし、オプションツアーは午前中だけ。まさか着いて数十分で帰ることになることがガッカリの所以?とビビったものだけど、何とか標準プラスちょっとの時間でピサにたどり着いた。


斜め。ほんとに斜め。ガッカリするわけないじゃん、まじで斜めなんだもん。だけどそんな逆境にも負けず隆々と聳え立ってるんだもん。いや、テンション上がるよこれ。是非とも中入りたいよ。と思ったら…ピサは斜めってるからか、一日に300人(30人×10ローテーション)しか斜塔に登ることはできないとか。なるほど、これがガッカリの所以か。確かに見てるだけじゃすぐ飽きるもんな。人も多かったから登れるかは怪しかったけど、偶然にもチケットを買うことができた。15ユーロ。たけぇよ。


身体の重心が前後左右にシフトする面白不思議な斜塔の階段を登りきると、景色もいい。風もいい。記念写真をたくさん撮って、オプションツアーは大成功ってことでした。


市内に戻り、カルボナーラを食べて、フィレンツェ市内を観光。とにかく歩いたり登ったりで疲れまくり、ミケランジェロ広場は遠かった。そして買い物。フィレンツェの革製品は中々有名らしくて、ガイドブックに載ってた革の小銭入れを買ってみたいなと思っていたのです。いや、実は別に小銭入れは使っておりませんが。そうそう、八年後くらいには使ってるかもなと思って。


お目当ての店、『イル・ブッセット・ディ・ジュセップ・ファナーラ』で大満足の小銭入れを購入して、カプリチョーザを食べて白ワインを飲んで、いい気分で帰りの電車が待つ駅へ。添乗員さんによると、20時19分の電車を逃すと21時41分の終電まで長い間待つことになるだとか。念のために早めに駅に着いたうちらは、20時19分に電車などないこと、添乗員さんの言っていた終電情報が間違っていたことを知ることになるのだった。
遂に終わりましたよ、バイトが。1月16日に辞めたはずのバイトが。はや二ヶ月、頼まれるままにズルズルと続けてきたけど、さすがにここらが引き際。お疲れ様でした、俺。


だけど店側からしたらほんとに今は窮地らしい。本店支店、あわせてバイトの数は5。内訳は本店0人、支店5人。本店のクセにバイトが一人もいないという体たらく。しょうがないから支店から毎日1人派遣してるものの、金曜土曜は二店あわせてバイトが4人必要。1人しか休めない。無茶があるねw


この前、待望の新バイトが本店に入ったらしい。初出勤は昨日。ちょうど俺もシフトだったから色々教えてやんなきゃいけなかったんだ。そしたら、まあ、無断欠席。というか、音信不通だそうだ。入る前から逃げられたらしい。


そして明日の本店のバイトがどうしても足りず、とうとう最終手段の石井さんが投入されたらしい。その石井さん、何を隠そう、よく来る常連客の一人だ。遂に客を店員として使い出したあの店に未来があるのかは分からないけど、ひとまず頑張って欲しいと思う。←もう人事。




「四月からの勤務で引越しを伴う場合は、三月中旬頃に連絡する」って書いてあって、次の営業日が19日で、連絡が特に来てない。どうやらもう三年くらいは自宅から通える勤務地になりそうです。
入口を開けるのにカードキーが必要という摩訶不思議なホテル前に、うちらは立ち尽くしていた。カードキーが貰えるのはチェックイン後。でもカードキーが必要なのはチェックイン前。おかしいよ、どう考えてもおかしいよイタリアの人。ボケしかいないのかよ、イタリアの人。そもそもツアー客が来ることはわかってるんだから迎えに来てくれないのかなイタリアの人。


数分後にようやく開門し、再びなぜかロビー前(屋外)で延々待たされるうちら。添乗員さんとイタリアに留学していたツアー客・大吾(あだ名)がフロントでやけにもめてらっしゃる。朝食がないんだみたいな話をしているらしく、「もしや部屋取れてない…?」と思ううちら。そりゃあ「泊まりに来たのに宿泊部屋が足りない」なんてトラブルは二年前の全キャンで経験してきたけどさ、「夕食が人数分ない」なんてトラブルも二年前の全キャンで経験してきたけどさ、海外旅行でそれをやっちゃいけないよ。


まあそんな不安も杞憂に終わり、何とか部屋に案内された。時間は19時半。遅めの夕食を食べにフィレンツェ市内に行こうかな!と意気込むうちらに明かされた衝撃の事実は…。


添乗員さん「あ、終電は21時だそうでーす(フィレンツェ市内まで30分)」

どちくしょーう(^_^)/

添乗員さん「歩いて1キロの所にコープがあるそうでーす。あ、ちなみに20時閉店ね」

え?あと30分で閉店?

添乗員さん「夕飯が食べたい人は、(ホテルの)ママがパニーニを作ってくれるそうでーす」

ということで、夕食を買いにコープへと急いだ。


閉店10分前に着いたコープはそこそこの大きさのスーパーマーケットで、そこそこ何でも揃ってて格安だった。食事・飲み物・お菓子なんかを物色していると他のツアー客も続々コープに。「ママのパニーニorあと30分で閉まるコープ」という二つの選択肢を与えられた27人のツアー客。その中で、あと30分で閉まるコープという賭けに出たツアー客の数は実に27。全員だ。「あの子達も育ち盛りだからね〜」とせっせとパニーニを作るママの姿、食堂で一人ポツンとパニーニを食べるママの姿が頭に浮かんで、申し訳ないが笑った。


結局パンとハムとチーズを購入。皮肉にも、パニーニの材料と同じだった。
3時間の一人旅は、驚くほどに何の事件もなく、何のオチもなく、いたって普通に、そして平和に終わった。というか厳密には一人旅ですらなく、途中からは偶然会った祐人、ガイル、ジャクソンと一緒に行動していた。それにしても集合数十分前になって、夜行列車用の食料や水を買出しにスーパーを探してプラハの街を巡り歩いたのはいい思い出だった。ガイルがスーパーの位置を覚えてたから良かったものの、帰りは「多分こっち!」みたいな感覚で歩いてたら道に迷って遅刻寸前まで追い込まれたものなー…。あれ?これってたいした事件じゃないか。


18時頃にヴェネツィア行きの夜行列車に乗り込み、3段ベッド×2の6人部屋の狭さに閉口。この狭い空間で15時間。ちょっとした生き地獄と言いたいところだが、他のツアーグループと相部屋にならない強みを活かしてウノと大富豪で数時間をあっさり潰すことができた。その後は疲れもあってすぐに寝てしまった。おそらくだが、まあおそらくなんだが、この日を境に、他のツアー客のグループは相部屋になった強みを活かして仲良くなっていったはずだ。


夜行列車は案外快適で、ぐっすりだった。



3月5日、ヴェネツィア(イタリア)〜フィレンツェ(イタリア)


最後の国、イタリアの最初の都市はあの水の都・ヴェネツィア。いやいやいや、テンションも上がりますよ。実は高校一年くらいから行きたかった国ですから。しかもこのヴェネツィア、やっばい。何これ?水の都?もう言葉にするのもめんどくせぇ。やっばい。何だこの水路!やっばい!イタリア最高!段々適当さが滲み出てきましたw


街中にびっしり通ってる水路を渋顔イタリア人の操るゴンドラでゆったりと回った後は、サン・マルコ広場とガラス工芸の職人芸をツアー巡り。ヴェネツィアはハトの多さがはんぱない。昼にはエビのピザを食べて(イカスミ食べときゃよかった!)、ジェラートも食べて(リモーネ&ティラミス)、解散して自由行動。サン・マルコ大聖堂のど迫力、96.8メートルの鐘楼の頂上から見るヴェネツィアの絶景に大満足。お土産買って、早速なんだけどヴェネツィア終了。チェスキーと並ぶ美麗都市でした。三大キレイの一つ。


再びバスに揺られ、辿り着いたはフィレンツェ。の郊外にある小さな小さな、暗い夜道に聳え立つホテル。ここで早速僕らを待ち受けていたのは、ホテルの入口の鍵が開いていない、というトラブルだった。

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